「招き猫」をテーマに画家の美濃瓢吾さんが2015年10月21日から制作をスタート、ホテルに滞在しながら1ヶ月間制作を続け、2015年11月21日に完成いたしました。
「我輩は招き猫である。」この部屋の主題は招き猫であり、裏の主役は夏目漱石です。「枕屏風」に見立てた壁に描かれたのは正体不明の招き猫たち。なかには美濃さんが近年モチーフとして描く妖怪、「猫又」も紛れ込んでいます。ベッドのまわりに寄り合う招き猫の間には、漱石が詠んだ猫の俳句がちらりほらり。天井には、漱石の処女小説「我輩は猫である」を拝借して、最後の場面と冒頭から抜粋した名文を書き記し、これを13年間同居した自身の愛猫コネの独白としました。また枕屏風と反対の壁には、縁起の良い大入額が掛けられたように描かれています。繊細に描かれたタトゥー柄の招き猫。その後ろ姿は、なんとも粋です。
美濃さんが描く絵や文字は、独特で、どこか懐かしく、ユーモラス。夜の帳がおりる頃には、窓の外にも招き猫の気配が。「アーティストルーム 招き猫」はさながら漱石の物語のなか、この部屋では人間と招き猫の立場の逆転を楽しむことができます。いつもと違った視点で過ごす、そんな体験を世界中のお客様にご提供致します。
Room #3117 | 完成:2015.11
不可思議の太平を招く
招き猫は、本来、「福を招く猫」ということです。しかし、私が引きつけられるのは、ポーズそのものです。この部屋の壁を「枕屏風」に見立て、ベッドのまわりに寄り合う、ヒゲ、眉を剃り落とした、正体不明の招き猫らしき猫たち。– 一匹は、「猫又」という妖怪です。裏の主役は漱石で、そのタイトルを借りて、「吾輩は招き猫である」となり、小説の最後の場面を抜粋した箇所から冒頭へと、天井に書き記しています。この小説は、ある意味で、「死と再生」が繰り返される、循環小説と考えてもいいのではと。日本人が誇るべき名文の一つです。漱石の吾輩ではなく、2014年に亡くなった、私の愛猫(コネ)の独白ということにしました。さらに、漱石の猫を詠んだ俳句も、何句か入れています。テレビの上方に、同じ黒枠で、国芳の『金魚づくし』をモデルに、刺青風の後向き猫を、大入額として描いています。赤い丸枠の鏡の中に映る猫とともに覗いてみてください。そして、夜の帳がおりる頃、カーテン、ベッドクロスの色や窓の外に映る猫たちにも、その気配を感じていただければ、物怪の幸いです。
美濃 瓢吾
ミノヒョーゴ 1953年大分県別府市に生まれる。
立教大学経営学科卒業。
出版社退職後、画家平賀敬に師事。30歳代を浅草木馬館で過ごす。
丸煎餅やピーナッツを売る傍ら、福助・招き猫・大入看板画といった、いわゆる「祝額」を描き、大衆絵画をめざす。
その後、「浅草人間絶景論」と銘打ち、近未来の活人画(人間マジック)または見世物 もどき浅草版「洛中洛外図」世界へと筆を進める。
さらに仲間たちと「行商美術」を名乗り、 全国津々浦々を美術徘徊。50歳代から「妖怪画」を描き始める。
著書「浅草木馬館日記」(筑摩書房)、「逐電日記」(右文書院)。
現在、豊後水道沿いの町で飼猫二匹と独居中。
生地である「別府」をテーマにした、温泉妖怪図の構想に入る。